2016年12月27日

冬とアイス

ふとした時に「あっ、アイス食べたい!」なんて思っても、それを買いに氷点下の世界へ出た途端、「なぜ、わざわざアイスなんて…」と盛り下がるので、冬は買い置きがなければアイスを食べない。

このように、冬とアイスの相性は良くないが、真冬の北海道は、アイスを買った帰りにそのまま散歩しても、問題ないような日が多い。まあ、そんな日に散歩なんてしないけど。
posted by オオタ at 23:43 | 雑文 | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

気分転換の儀式

時と場所は選ぶが、気分転換に「パチン!」と手を叩くことがある。たぶん「柏手(かしわで)」と呼ばれるものと同じだ。柏手はなんとなく打っても綺麗な音が出ない。打つ前に、腕を広げた状態で集中し、「よし」と思ったら意を決して打つ。その過程も含めて、短時間で良い気分転換になる。

ちなみに、柏手という言葉は神道が由来らしいが、詳しいことは知らない。

他、気分転換でよくやるのは、手を洗うことだ。特に手を洗うタイミングじゃなくても、気分がすっきりするので、ついつい手を洗ってしまう。

そう言えば、神道の参拝でも手を洗うところがある。でもやっぱり、詳しいことは知らない。

よく知らないくせにいい加減なことを言うと、神道の儀式には、気分をキリッとさせるための作法が組み込まれているのだろうかとか、そんな考えが頭をよぎる。

その方向で考えると、大きな良い音の鈴を鳴らしてもキリッとしそうだし、滝に打たれでもしたら、そりゃキリッとどころじゃないぐらい気分が引き締まるだろう。
posted by オオタ at 16:24 | 雑文 | 更新情報をチェックする

2016年12月02日

「ペールギュント」の「朝」

夕方から夜に変わる頃、空の色など知りようもない地下鉄の車内に「ペールギュント」の「朝」が響いた。誰かの携帯電話が鳴っているようだ。

乗り合わせた乗客たちは、心なしか穏やかに、それを聞いているように思えた。僕と同じく「小学校では毎朝これがかかっていた」という人も多いだろう。この曲で100%イライラするのは、なかなか難しい。

タ〜ラ〜ラ〜 ラ〜ラ〜ラ〜
タ〜ラ〜ラ〜 ラ〜ララララ
タ〜ラ〜ラ〜 タ(プチッ)

これを鳴らした携帯電話の持ち主は、デリカシーがない。もう少し切りのいいところまで待ってから止めるべきだった。それがマナーというものだ。
posted by オオタ at 20:18 | 雑文 | 更新情報をチェックする

2016年11月16日

本当に素敵な場所には、旗なんて立っていないものだ。でも、旗の立っている場所にだって、ときどき素敵なものはある。

ちょっと気になるのは、場所を示す目印でしかない旗そのものに気をとられている人たちだ。場所という観念をあまり理解せず、旗ばかりをありがたがっている。

そんな人のために、何もない場所に旗だけを立てる人もいて、そういう旗に限ってよく目立つ。そしていつしか、旗そのものを眺めるのが当たり前になったらしい。
posted by オオタ at 18:10 | 雑文 | 更新情報をチェックする

2016年11月15日

ガーリー

その昔、「ガーリー」という言葉を初めて知った数分後、ライブハウスで、ガーリーと言えばガーリーな女性ネオアコデュオによる「ガーリック」という曲を聴いてしまったので、この言葉の脳へのインプット具合がエラー気味だ。
posted by オオタ at 21:23 | 雑文 | 更新情報をチェックする

2016年11月07日

身の回りの植物

札幌はしっかり雪景色。この時季にここまで雪が積もったのは20年ぶりとか、そんな話を聞いた。

この秋はセイタカアワダチソウの勢いが衰えたような気がする。「少ないな」とは思っていたが、セイタカアワダチソウの時季をはっきり認識しているわけではないので、「いや、これからなのかも知れない」なんて思っていたら、この積雪で秋が終わった。

子供の頃は、セイタカアワダチソウを一切見かけなかった。明治頃に西日本に入った外来種で、徐々に東へ北へと勢力を拡大してきたとされるので、津軽海峡を越えるのに時間がかかったのかも知れない。札幌でも目立ち始めたのはわりと最近のことで、「いつから?」と言われてもよくわからないが「いつの間にかこんなに…」と気づいたのは数年前のこと。

うろ覚えだが、このセイタカアワダチソウは、植物にとって毒となる成分を生成することによって、周りの地面から他の植物を駆逐し、急速に勢力を広げるとのこと。そしてやがて、自らもその毒にやられて衰え、再び他の植物(主にススキ)に地面を奪われていくそうだ。関東ではセイタカアワダチソウが減り始めていると聞いたのが少し前、そろそろここも、その段階に突入したようだ。

植物の栄枯盛衰というのは、もっと壮大な時間単位でしか見られないものかと思っていたが、案外あっけない。

そう言えば、子供の頃に遊んだ空き地や公園の地面には、もっとオオバコが多かったような気がする。オオバコは、たぶん初めて図鑑で名前を調べた植物なので、目に入ると心の中で「あっ、オオバコだ」と思う程度には気になっている。しかし、最近は見かけた記憶がない。植生は、思っているよりも短い時間で変わるのかも知れない。

昔の写真を見ると、まるで空気が違うように感じることがある。カメラから違うんだから、雰囲気が違うのは当たり前だが、産業や人々の生活に加え、気候や植生まで違うとなれば、写真に写るかどうかはともかく、空気の匂いなんかも違うんだろうなと思う。そしてきっと、当時の空気の匂いは、記録も保存もされていない。その時に息をしていた人々の、曖昧で薄い記憶の中にだけ、片鱗が眠っている。
posted by オオタ at 21:50 | 雑文 | 更新情報をチェックする

2016年11月05日

飽和水蒸気量

この時季としては珍しい雪景色になった。でもいま降っているのは小雨。そして部屋は乾燥している。

雨なのに部屋が乾燥しているのは納得がいかない。これは「冷たい空気の飽和水蒸気量の低さ」のせいだ。

ここで「おのれ! 冷たい空気の飽和水蒸気量の低さめ!」と、あまりに漠然とした対象に不満を向けるほどバカではない。しかし、冷静かつ理論的に考えると、空気にはガッツが足りないと思うので、雨の日ぐらいもう少しがんばって欲しい。
posted by オオタ at 17:49 | 雑文 | 更新情報をチェックする